Project

テーマ

リアリスティックなサイバー/バーチャル空間の生成

効率的な物理ベースレンダリング
High-Performance Physically-based Rendering

バーチャルリアリティやゲームなどのインタラクティブな応用では,毎秒数十枚の画像生成を優先するために映像品質を犠牲にする,リアルタイムレンダリングと呼ばれる手法がとられています.これに対して映画などでは,環境全体に渡る高精細な形状モデルや複雑な光学現象(光の反射,散乱,屈折,吸収など)の条件をレンダリング方程式に従って厳密に計算し,1枚あたりにかなりの時間(数時間~日程度のこともある)をかけて生成した写実的な高品質画像を予め多数枚溜め込み,これらを順にアニメーションとして表示する,オフライン(事前/プリ)レンダリングと呼ばれる手法が取られています.今後GPUの処理性能の向上に伴って,リアルタイムレンダリングでできる技術範囲が広がることで映像品質向上もある程度は見込めますが,オフラインレンダリングによる映像の高い品質にはまだまだ遠く及びません.特に,間接光や集光の効果など複雑な光学現象に厳密に基づく物理ベースレンダリングと,空間内で自由に形状を変化させる流体のシミュレーションは,写実的で高品質の映像を効率よく生成する手法が確立されていないため,リアルタイムレンダリングの品質向上を阻んでいます.
そこで我々は,複雑な光学現象に厳密に基づいて写実的で高品質の映像情報を効率よく生成する物理ベースレンダリング手法の確立を目指して研究を進めています.

写実的で高品質の室内環境などの画像を生成するためには,室内の間接光による色滲みや集光効果など,複雑な光学現象に厳密に基づく物理ベースレンダリングを行う必要があります.物理ベースレンダリングでは,光が通過する経路に応じた光のエネルギー伝搬を定式化したレンダリング方程式を解くことで画像を生成しますが,その解法として,離散化せずに確率論を用いて積分計算を行うモンテカルロ法が最近よく用いられています.しかし,解を収束させるまでに多数のサンプルが必要となるため, 計算効率が悪くなります.そこで,これを効率化するために,ある確率密度関数に従ってサンプリングを行う重点的サンプリングが用いられ,光源やカメラに対する明示的なサンプリングや,高エネルギーの経路の頻度を上げるために,強く反射・屈折する方向を高い確率で選択することなどが試みられてきました.さらに,事前に推定しておいた放射輝度分布を利用して分散の少ない効率的な経路を構築することで, サンプル数を削減する経路誘導(path guiding)と呼ばれる手法も提案されています.しかしそれでも,室内の複数の複雑な光の経路を経た間接光による薄明りなどは,そもそも十分な数のサンプルを用意できないため,誤差が大きくなりがちでした.

この問題に対して,1つのレンダリングタスクを実行しながら,3次元空間中の放射輝度分布の学習を小規模なNeural Networkを用いて効率的に進める,オンラインの学習による新しい経路誘導の方法を提案しました.本手法では,学習精度を上げ計算の負荷を下げるために,サンプリングの基本となる分布関数として新しく表現力が高い球面分布関数(Normalized Anisotropic Spherical Gaussians)を提案しました.これらによって,従来手法に比べて,同じクオリティの画像を数分の1から10分の1のサンプル数で得ることができ,効率を数十倍まで上げることができました.本手法の実行効率は従来のNeural Networkを用いた手法の3倍以上であり,Neural Networkのレンダリングへの実用化に向けた一歩となりました.

本研究成果は,米国計算機学会(ACM: Association for Computing Machinery)の科学誌 ACM Transactions on Graphics誌に掲載され,コンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術のトップコンファレンス ACM SIGGRAPH 2024 (2024年8月に米国・デンバーで開催)で口頭発表されます.